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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1645号 判決 1964年5月18日

控訴人 信川吏平 外一名

被控訴人 鴇田市太郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、控訴代理人において、本件建物は控訴人信川吏平が倉庫兼作業場として賃借したものであるが、そこには現在小型の裁断機二台があるだけで被控訴人主張のような騒音振動を発する事実は全くない、控訴人信川吏平は現在屏風製作及び漢方薬製造を業とし、その材料置場及び漢方薬の釜場として本件建物は必要不可欠であり、同人は僅々十余坪の店舗兼住宅に六人の家族等で居住しているので、これらの事情から見ても被控訴人には解約申入の正当事由がないことは明らかであると付加した。証拠<省略>

理由

第一、当裁判所は、次の諸点を付加するほかは原判決理由中の説示と同じ理由により被控訴人の本件請求を正当なものと判断するから、右理由の記載をここに引用する。

一、控訴人等は、現在本件建物には小型の裁断機が二台あるだけで、被控訴人主張のような騒音、振動を発する事実は全くないと主張するけれども、当審における検証の結果によれば、右建物内備付の裁断機二台は電動機により運転する相当大型なもので、その運転中隣家である被控訴人方居室内でこれを聞くに運転による断続的な騒音と振動は顕著であり、たとえ作業中の者にとつては他の大工業に伴う音響に比し静かと感ずるにせよ、壁一重を隔つて居住する被控訴人の家人特に長期療養中の被控訴人にとり右騒音と振動を堪え難いものと感ずることは首肯できるので、控訴人等の右主張は採用できない。

二、原審及び当審証人鴇田一の証言、原審における被控訴人本人尋問の結果、原審及び当審における控訴人両名各本人尋問の結果並びに当審における検証の結果を総合すれば、本件建物は元来その構造が簡単な物置程度のもので、柱も細く外壁も粗末であり、動力機械を何台も据付け騒音振動を伴う本格的工場として使用するようにはできていないこと及び控訴人信川吏平はこれを借受けて後その中で簡単な作業を行い、被控訴人もこれを黙認しただ騒音を発するのでそれには早くから苦情を述べていたこと等が認められるので、本件建物を単なる倉庫用だけでなく騒音を発しない軽作業を行う工場として使用することも被控訴人においてこれを承諾していたものと解すべきであるが、現時における騒音振動の状況から見れば、控訴人等の使用の態様は本来の使用目的を逸脱しているものというべく、原審及び当審証人鴇田一の証言によれば、過去において昭和三十年頃から昭和三十四、五年頃まで控訴人金沢孝昭が右家屋内で鋸を用い作業を行つていた当時は騒音は現在よりも更に甚しく、その当時に比べれば現在の騒音は稍緩和されていることが認められるけれども、それにもかかわらず現在本件建物内の作業より発する騒音振動が被控訴人において当然受忍しなければならない程度のものであるということはできない。そしてこの騒音、振動が賃借物件の使用目的違反として契約解除の理由となし得るか否かは本件で問題とはなつていないが、それが病気療養中の被控訴人にとつて堪え難いものであり、被控訴人が終始これに苦情を述べ、警察調停等手段を尽してその改善を求めたにもかかわらず現在なお上記のような実情である以上、右は賃貸借の解約申入の正当事由となるものである。

三、控訴人等は本件建物が控訴人信川吏平の生業のため必要不可欠であると主張するけれども、原審及び当審における証人鴇田一の証言並びに控訴人両名各本人尋問の結果と当審における検証の結果とを総合すれば、控訴人信川吏平は本件建物の附近に現に住居と作業場を有し、本件建物は単にその一部を屏風製作のための大工作業及び材料置場並びに漢方薬製造用の釜場として使用しているに過ぎず、右大工作業は本件建物の一隅二坪余の部分で極く小規模に行つているだけで、しかも右控訴人が本件建物に出向いて来るのは一月に三、四回程度であり、建物そのものが既に朽廃状態に在つて雨漏をも防ぐに足りず材料置場としても適当なものとはいえないこと、又右控訴人が漢方薬製造のため本件家屋内の釜を使用するのは一年間に一月程度であることが認められ、本件建物の使用がそれほど右控訴人の生業に緊要不可欠のものとは認められない。一方右各証拠によれば、本件建物は現在土台も外廻りの柱の基部もその大部分がほとんど完全に腐朽し、僅に屋内の柱等により小屋組が支えられている程度であり、屋根のトタン板はほとんど全部、その下の板張りは一部が腐朽し屋根に雑草が生えるまでの状態になり、最近に至つてルーフイングで屋根を覆つたが尚雨漏りを完全に防止することはできず、建物としての利用価値が極めて低いこと、本件家屋に隣接する被控訴人の居宅は八畳一室で八人家族がこれに居住するためには頗る狭く、伝染性疾患にかかつている被控訴人から家族への伝染を防ぐにも困難で又被控訴人自身の療養にも支障があり、かつ隣接の本件建物を使用できないため家族の生業に供する作業所を各所に分散させる不便もあつて、本件建物を適当に改修の上自らこれを使用する緊急の必要があることを認めることができる。以上事情はこれまた本件賃貸借契約申入の正当事由に加えて考慮されるものである。

第二、以上の理由により、被控訴人の本件請求は正当でこれを認容した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 小沢文雄 古原勇雄 池田正亮)

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